「天然理科少年」(長野まゆみ)

すでに異空間に引きずり込まれていた

「天然理科少年」(長野まゆみ)
 文春文庫

「天然理科少年」文春文庫

放浪癖のある父に連れられて
転校を繰り返していた岬。
何度目かに辿り着いた
山間の中学校で、彼は
不思議な少年・賢彦と出会う。
しかし級友たちは
彼に冷淡であった。
学級のリーダー・北浦は
賢彦が過去に
神隠しに遭ったことを語る…。

よく分からないまま読み進めましたが、
徐々に不思議な空間に
誘われた感覚を覚えました。
中盤からファンタジー小説であることに
気づいた次第です。

何年かに一度、
一晩だけ水が湧き出る湖がある。
2年前の夜、北浦と数名の仲間が
その湖探索しようとする。
遅れてやって来た賢彦が
一人で小舟をこぎ出した。
その小舟は浸水し、
彼はそのまま行方不明となった。
しかし今年の秋、
突然彼は戻ってきた。
2年前の姿のまま。
賢彦の遭遇した神隠しについて、
北浦は岬に、このように語ったのです。

特段大きな事件が
起きていないのですが、
静かに謎が膨らんでいきます。
北浦の語った神隠し事件は事実なのか?
現在の賢彦は
2年前の賢彦と同一なのか?
北浦は賢彦をいじめているのか、
それとも友だちとして認めているのか?
読み進めていってさらに気づきました。
すでに大きな事件が起きていて、
主人公・岬と読み手はすでに
異空間に引きずり込まれていたのです。

さて、本作品が
異世界ファンタジーであるならば、
当然主人公の
成長物語でもあるはずです。
岬は二つの「出会い」によって
人間的な成長を果たしています。

一つめはもちろん賢彦との出会いです。
これまで根無し草のように
転校を重ねてきたため、
岬は、友だちとの関わりが
深くならないようにしていたのです。
そしてこのような状況では
友だちなど作ることは
不可能であることを悟っているのです。
「こう、転々としていたんぢゃ、
 ともだちなんてできやしない。
 誰かがぼくのことを
 覚えていてくれることもないしさ。」

しかし、
ともに過ごした時間に関わりなく、
確かな友情は結ばれることを、
彼は賢彦と接することにより
気づいていくのです。

もう一つは「父親の新たな一面」に
触れたことです。
岬の父親は、岬の問いかけに対して
常にいい加減な返答しかしていない
父親のようでいて、その実、
息子のことを何よりも
気に掛けているのです。
読み始めと読み終わりで、
読み手の心に描かれる父親の人物像は、
大きく変化していきます。

この父子関係こそ本作品の肝であり、
ここについて書きたいことが
山ほどあるのですが、
それはどうしても
ネタバレに繋がってしまいます。
ネタバレを避けなければならない
作品であり、語りたくても多くを
語ることができないのが残念です。
長野まゆみの素敵な一冊、
ぜひご一読ください。

(2020.1.27)

beate bachmannによるPixabayからの画像

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